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yoshinobunakamura’s diary

余生(第二のチャレンジ人生)をいかに生きるか考える為にブログを立ち上げてみました。

スリランカの旅

アジア旅日記

2002年8月16日より夏期休暇を取りスリランカへ行って来ました。バンコクで乗り換えて3時間の距離です。首都コロンボへの空の玄関口はバンダーラナーヤカ国際空港でコロンボの北34キロ地点にあります。深夜到着でしたから、最寄りの町、ニゴンボに最初の日は泊まりました。時間にして20分ほど、タクシー代は600ルピー(日本円に換算する場合1.3倍=730円)ニゴンボは海浜リゾートの町です。この時期(5~9月)は南西モンスーン期で海風が強くスリランカの南西部にあるニゴンボの町はオフシーズンで観光客も少なく閑散としていました。

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 ニゴンボで泊まったサンフラワーホテルで米ドル払い25ドルでした。Wルーム、エアコン、ホットシヤワー付きです。

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ニゴンボの海岸。オフシーズン。1~3月が最盛期だそうです。私にとって始めてのインド洋です。

翌日には首都コロンボへ。高層ビルが立ち並ぶ大都会です。ちょっと贅沢に40米ドルのホテル・レーヌカに泊まる。サービスは高級ホテル並みで従業員の教育も良く出来ていて気持ちがよい。街中はケンタッキーにマクドナルド、グローバルスタンダードと言うアメリカ文化のお仕着せそのものがコカコーラと共に、ここにもありました。そのような場所は好きではないので早々に、地方巡りの旅に出ます。今回の旅の主目的は文化三角地帯と呼ばれる地域への旅です。古代よりきらびやかな仏教文化が花咲いたスリランカ、島の中部、その遺産が残る3つの町、アヌラーダプラ、ボロンナルワ、キャンディを結んだ地域が文化三角地帯です。コロンボフォート駅からアヌラーダプラまで205km、所要時間5時間。鉄道料金3等54.5ルピー(71円)信じられない安さ。3等でも座席指定です。  

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アヌラーダプラは前3世紀頃からシンハラ仏教王国が栄えたところでスリランカ最古の都があったところです。800ルピーの宿シャリニ・ツーリスト・レストに泊まり、自転車を150ルピーで一日レンタルしてそれで遺跡地区を廻る。写真はアヌラーダプラの遺跡地区の中央にそびえるルワンウェリサーヤ大塔。紀元前2世紀に建設が始まり、修復が繰り返されました。

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サマーディ仏像。4世紀の完成。

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遺跡の近くで会った家族。

アヌラーダプラからボロンナルワへバスにて移動。ボロンナルワは10~12世紀の間にシンハラ王朝があったところです。その全盛期にはタイやビルマから僧が訪れるほどの仏教都市として栄える。ニーラ ・ツーリスト・ロッジ450ルピーで泊まる。ミルクティーポットで(3,4杯飲める)40ルピー。コーヒーポットで30ルピーですがスリランカのコーヒーもなかなかうまいです。

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アヌラーダプラからボロンナルワへ。4時間ほどかかる。途中の町でブレイクタイム。

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ボロンナルワにて、宮殿跡。7階建ての建物であったらしいが、現在は3階の壁までしか残っていない。壁の厚さは3メートル、36本の柱は当時のホールの屋根を支えていたものらしい。

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ランカティラカ。13世紀の建造物。高さ17.5m、長さ52m、幅18m。中央奥には頭のとれた仏像があります。

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ランコトゥ・ブィハーラ。ボロンナルワ最大のダーガバ。12世紀建立。

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ガル・ブィハーラ。涅槃像、立像、座像の三体の仏像が巨大な岩をくり抜いて彫られています。

ボロンナルワでタクシーを一日チャーターして(4,000ルピー)シーギリヤ、ダンブッラの遺跡を廻りました。4,000ルピーは少し高いかなと思いましたが運転手が言うには、ガソリン代が内戦の為1リッター50ルピーから70ルピーに上がったとの事で、70ルピーでは日本円に換算すると91円になり日本の値段とかわらず、スリランカ国内の他の物価と比べた場合ガソリン代が特別高すぎる価格です。途中、スパイスガーデン、バティック(伝統の木綿のロウけつ染め)を見学しました。

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ジャングルの中にある巨大な岩山で5世紀の後半に周囲及び山頂に城を作って統治した王がいた。たった11年の統治であったが、、、。父を殺し、強引に王の座についた若き王子は、弟の復讐を恐れ、この狂気ともいえる城を築いた、、、。私はここを訪ねて始めて「スリランカの遺跡を訪ねる旅にこの岩山は欠かせない」の意味が分かりました。つまり、行って見て、はじめて「人間の野望と悲しみに満ちたシーギリヤ」が理解出来ます。

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美女のフレスコ画。シーギリヤレディと呼ばれているものでこの岩山の壁に500人ほど描かれていたものの、現存するものは18人です。

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「ライオンの入口」と呼ばれている途中の広場。爪の部分しか残存しない。階段部分はイギリス統治時代に作られました。

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山頂にて。家族とドバイから観光旅行に来ていた14才の少女。風が強くて髪形を気にしていましたが、撮らせてもらいました。日本人と話をするのは初めてと言っていました。

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シーギリヤに団体で観光に来ていたコロンボ市内の看護専門学校の生徒達。修学旅行か? 写真を撮らせて下さいと聞いた場合の、スリランカの人たちのYESの表現が頭を斜めにする事なので、最初は戸惑います。若い子は、はずかしがり屋が多く、笑顔を引き出すのはむずかしいです。

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ダンブッラの石窟寺院。巨大な岩山をくり貫き壁や天井には一面に壁画が描かれている。

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ダンブッラ石窟寺院へ参拝に来ていた娘さん達。寺院内の為、素足です。

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途中で立ち寄ったバティック(伝統の木綿のロウけつ染め)を見学しました。

最後のシンハラ王朝があったところがキャンディの町です。この国は16世紀始めにはポルトガルが、そしてオランダ、その後イギルスによって1815年キャンディ王朝が滅ぼされ全島支配された植民地時代を経験しています。キャンディでは中心部にあるセバナ・ゲストハウスに泊まる。新館ホットシャワー、ファン付きで1,500ルピー。朝食150ルピー、夕食225ルピーで旨い。お勧めの宿です。

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セバナ・ゲストハウスの奥さんと娘。子供はどこでもかわいいですね。

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キャンディの町中にて。朝、登校風景。

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校内にて、休み時間。

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キャンディの学校内。スリランカの教育課程はグレードシステムと呼ばれ10年間が義務教育で、グレード1~6が日本の小学校、グレード7ー10が中学校、グレード11~12が高等学校に相当します。制服は白が基本です。校内を案内してもらいました。下校風景です。

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キャンディ近郊にあるペーラーデニヤ植物園。入場料150ルピー。写真は大ジャワ・ビンロー。「この木なんの木、きになる木、、」と歌われるCMで有名なハワイの大木と同じ種。

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キャンディアン・ダンス。キャンディ王朝時代に宮廷内で踊られていた舞を中心にスリランカ各地の民族舞踊を組み込んだものです。市内数カ所で公演されているが、私はY.M.B.Aホールで観ました。300ルピーです。屋内でのダンスが終わってから、庭内でファイヤーウォーキング(火渡りの儀式)も見る事が出来ます。

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キャンディ駅です。ここからヌワラエリア(イギリス植民地の面影を残す避暑地で山々は茶畑で、標高1,000mちかく年間を通して清涼な気候の地)の紅茶の産地を目指しました。最寄りの鉄道駅はナーヌオヤです。4時間10分の列車の旅で、料金は56.5ルピー(2等)でした。

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ヌワラエリアに向かう列車の車窓。標高差がありますからゆっくり登って行きます。アジアで一番美しい車窓とうたわれている高原列車です。山並と茶畑と、たくさんの滝が見えます。

ナーヌオヤ駅で下車すると駅前にバスが待っていてくれました。15分の距離、5ルピーでヌワナエリヤの中心地まで行けます。バス停の近く、ビクトリア・インと言うホテルに泊まる。500ルピー、ホットシャワー付です。

ヌワナエリヤの町はゴルフ場、競馬トラック付きの乗馬クラブ、テニスコートがあったり、英国風の建物が多く、英植民地時代の面影を残している。この国で生産される紅茶は一旦英国に行きアフリカ産とかの粗悪な紅茶とブレンドされ英国ブランドの紅茶として世界各国へ愉出されている。日本に来る紅茶もそれで、スリランカ人に言わせると、鮮度、旨さとも優れているのでスリランカ産を直接、買って欲しいとの事でした。世界の流通ってほんと、おかしいですね。

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茶摘みの女性はタミル人が多いそうです。イギリス統治時代にインド南部から連れて来られました。小雨が降っていましたので頭にはビニールシートを被っています。その後ろの頭から掛けている袋に摘み取った茶葉を入れるのです。

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摘み取られた紅茶の若葉。

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茶摘みの女性が工場に納品して帰っています。

ヌワラ・エリア郊外にあるラブーケリー・ティー・センター(紅茶の精製工場)。

町からタクシーをチャーターして往復550ルピー(往復20分見学時間買い物時間を含めると1時間ほどかかる)

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入場した時は私一人でしたが丁寧に工場内を案内してくれたガイド(工場の職員)の女性(超エリート、クイーンズ・イングリッシュで説明してもらう)私はあまり理解できませんでしたが、、。